この度僕たちソライロブランケットは4月13日の主催イベント「空色日和 vol.12-THE FINAL-」を以って解散することとなりました。
解散まで残すライブは地元仙台2本のみです。
どうか目に焼き付けて、耳に、心に残してください。
以下メンバーからのコメントです。
この発表の前にお世話になった方々、バンドマンに連絡をした。
すぐ返事がきて、みんな驚いていた。
そうだよね、あーだこーだ言いながらもそんな予兆なかったはずだから。
今更だけど、たくさんの愛を感じました。
ああ僕らの解散を悲しんでくれるんだなあってさ。
悲しいことが発端だけど、僕らは思われているって感じさせてもらいました。
そして今このお知らせを見ている皆さんにはどんな感情が浮かんでいるのでしょうか。
できれば持った感情を全部僕に知らせてください、悲しんでいようが怒っていようが、はたまた喜んでいるのならば。
僕らに感情を持つ、それこそが愛です。
無関心がずっと怖かった。
25歳の男にとって「バンド」というものがいかに大事でいかに重いものか、4人でたくさん話しました。
数々の人生の選択の中で敢えてここで生きてくということ。
僕らは今本当の意味で「バンド」になれました。
そんな無敵な僕らはまだ2回愛されるチャンスがあります。
ステージから愛を感じたいから、大好きなMACANAに見に来てください。
僕たちは、まだ、終わっちゃいません。
バンドマンとしてもここで留まりません。
一人では何もできないことを知っているので、またこんなふうな大切な仲間に出会えたらバンドのボーカルとしてまたステージで歌います。
その時も、どうぞどうぞよろしく。
人生で初めてこいつらじゃないとだめだって思えました。
僕は今ある意味幸せです。
Gt.板橋健太
4 月 13 日(土)、ソライロブランケットは解散する運びとなりました。
ソライロブランケットというバンドを通して、あなたの人生に寄り添えたことを心から誇りに思います。
僕は 2017 年 9 月 1 日にこのバンドに加入させてもらいました。 その日のライブで僕はこう言ったのを覚えています。
「今までソライロブランケットを好きだった皆様、そしてこれから好きになってくれる 方々に対して恥ずかしくない人間になりたいと思います。」と。たしかそんな風な。
どうだろう、そうなれたのでしょうか。
その日から今日に至るまで、決して楽しい事ばかりではありませんでした。 それでも、ステージに僕が立ち続けることができたのは、この 4 人だったからだと信じて 疑いません。
思い出を語るには、涙を流すにはまだ早いはず。
残りの2本のライブは、多少の無理をしてでも観に来て欲しいです。 僕が最後までこのバンドの一員であることの誇りと、メンバーからもらった最大級の愛を、 ステージからあなたにお見せすることができる残された機会だと思うのです。
さぁ、2月1日、4月13日、いつものように遊ぼう、よろしくね。
「お待たせしました!杜の都のザ・ポップスバンド、ソライロブランケットです!」
Ba.蜂谷直人
僕はこのバンドに人生狂わされました。
人生に予定など特に立ててはおりませんでしたが、たぶん狂いました。
だって月9なんかよりリアルガチでドラマチックなシーンの数々がそこにはありました。
これを僕の自叙伝に書いたらビリオンセラーは間違いないでしょう。
5年、色々ありました。
一番嬉しい瞬間も一番悲しい瞬間もこのバンドに味わわせてもらいました。
訂正、嬉しい方はこのバンドと、ライブに来てくれたみんなに、でした。
ありがとうございました、最後までよろしくお願いします。
Drs.佐藤寿磨
早いもので、ソライロブランケットというバンドで活動してもう5年が経とうとしてる。
メンバーチェンジも4回くらいあったし、今思えば結成当初からのメンバーは安達と僕だけ。蜂谷とけんてぃーにも支えられながら、ソライロ号は5年という歳月をかけて旅をしてきた。
ソライロブランケットで出来ることはやりきった。
それがみんなの答えだった。
それぞれ次のステージに向かう為の解散です。
4月13日の【空色日和 vol.12-THE FINAL-】まで後約3ヶ月。
どうか最後までよろしくお願いします。